みちのく小京都・盛岡
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偉人
橋本 八百二
橋本 八百二(1903〜1979)


岩手県紫波町生まれ。盛岡農学校、東京美術学校西洋画科卒。
1930年から帝展連続特選。
1947年県議初当選、後に県議会議長、県観光連盟会長を歴任。
1966年日展入選。1975年盛岡橋本美術館完成。
 
松本 俊介
松本 俊介(1912〜1948)

 2歳の時、東京より花巻に上京。盛岡中学時代から画に熱中し、この幼年期に賢治と出会っている。それは大きく彼の人生に影響したようだ。
 第27回仁科展「都会」を出品し、特別賞を受賞。画風は細かい線と、青や茶の濃淡が基で、その色調からも東北の風土が感じられる。都会を描きながらも、この北の地を見つめていたのだろう。
 
宮沢 賢治
宮沢 賢治(1896〜1933)


 詩人、童話作家、文学、宗教、科学、実践の全てを一身に兼ね備えた特異な存在。盛岡高農卒。14歳で盛岡中学に入学の頃から短歌を作る一方、登山や植物、鉱石の収集に熱中。
 寺院に下宿して法華経に親しみ、禅道に参じながら童話の創作にもあたった。作品の殆どは、死後、草野心平、高村光太郎らによって紹介。
 
石川 啄木(1886〜1912)


 情熱の詩人。
 渋民村(現玉山村)に生まれ、同45年27歳で薄幸の生涯を終えたが、詩人としての生命は永遠である。
 昭和45年4月13日彼の命日に故郷渋民に、啄木記念館が開館した。これは彼の遺品、代用教員時代の古い机やオルガンなどが集められている。
 
野村 胡堂
野村 胡堂(1882〜1963)


「銭形平次捕物控」全388話を書いた大衆作家として知れれている。
盛岡中学校時代には石川啄木と共に文学に親しんでいた。
また、レコード評論家“あらえびす”としても活躍していた。
82歳で亡くなった。
 
金田一 京助
金田一 京助(1882〜1971)


 昭和7年(1932)「アイヌ叙事詩ユーカラの研究」で学士院恩賜賞を受賞し、29年(1954)には文化勲章を受賞している有名な言語学者である。
 石川啄木と親交の深かった人で、盛岡市ただ一人の名誉市民でもる。明治15年(1882)生まれ、昭和46年(1971)89歳で死去。
 
米内 光政
米内 光政(1880〜1946)



 海軍兵学校を卒業後、その清廉剛直な性格で上下の信頼を一身に集め、大正11年ポーランド駐在武官、昭和12年海軍大将、昭和15年総理大臣と累進した。
 終戦後の難事の処理にも大変力を尽くした。私生活では、酒豪として知られていた。
 
新渡戸 稲造
新渡戸 稲造(1862〜1933)



 南部藩士の子として盛岡に生まれ、若い頃をアメリカ、ドイツ留学と海外で過ごした。
「われ太平洋の架け橋とならん」という言葉に表わされているように、生涯を通じて合理主義、自由主義の姿勢を貫き、国際連盟事務局次長を務めるなど国際人として活躍した。
 
原 敬
原 敬(1856〜1921)


 初の平民宰相となった人物として知られている。明治の政界の回転軸となり、藩閥政治を純粋な政党政治に導いた功績は高く評価されている。
 大正10年、東京駅頭で刺殺され66年の生涯を閉じた。盛岡市本宮の生誕地に記念館、大慈寺に墓がある。
 

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