dq RC
dq KRX
dq R



¥@
OrA^
RL
Eqxo
EqRE
ESB[os
E_ks
EC^U`{A
EU
EtF[Xo[g
E{tF[XAo
EtF[Xo
EtF[XMSK[g
E‾os
E`[
Ecm_
EcSos
R12
E‾rR 1
EX 2
ERX 3
Ecx 4
EcRX
Euix
ErR 7
E 8
ECiq
Egtax 10
EtR
E 12
R
EL
Exx
EXx
EEY_x
E‾tR
E‾rR
Egtx
E3R
Rl
ExRx‾
Eo
EOfO
EJ
EI5N


表紙>グラビア写真
滝沢村上空から見た岩手山   厳冬の洞ヶ沢登行
滝沢村上空から見た岩手山
私を鍛え育ててくれた岩手山は、眺めても登ってもいい山だ。雪、岩、お花畑、そして火山活動も見られ、日本一好きな山である。
  厳冬の洞ヶ沢登行
次のステップを求めて重装備で入った洞ヶ沢は腰までのラッセルとガラスのような蒼氷が待っていた。(S42.3)




不動平を行く   鬼ヶ城を目指して
不動平を行く
2尺4寸の片桐のキスリングを背負うと、一人では立ち上がることは出来なかった。ヤッケはビニロン製、スキーは寺沢製で締具カンダーハー、ストックは竹で大きな輪がついていた。
(S39.1)
  鬼ヶ城を目指して
お花畑にテントを張った私たちは、鬼ヶ城の岩壁を目指してステップを切った。トップは今も一緒に山を歩いている国本君、後方は伊藤君。(S40.5)




冬の鬼ヶ城本峰バットレス   剣岳八ッ峰6峰フェースの登攀
冬の鬼ヶ城本峰バットレス
鬼ヶ城本峰バットレスは私たちに最も愛された岩手山火口内壁の岩場である。右側の凹角状は昭和41年4月、国本君と伊藤君の3人で登ったスラブ状ルンゼ。(S40.5 國本旗男氏撮影)
  剣岳八ッ峰6峰フェースの登攀
私にとっての剣の岩は初めてだった。佐々木君とザイルを組んでRCCルートを登ったが、岩の硬いのには驚かされた。(S41.8)




白神岳から岩木山遠望
白神岳から岩木山遠望
千古斧を入れたことのない白神山地のブナ林にブルドーザーの音がうるさく唸ったが、自然保護団体等によって青秋林道の建設が中止され静かになった。しかし、平成5年世界遺産の指定を受けてからは多くの登山者でごった返すようになった。ゴミの問題、トイレの問題、そして登山マナーの問題等我々登山者が解決していかなければならない問題が山積している。
(H8.10 三浦功氏撮影)




群生するチシマキキョウ
群生するチシマキキョウ
飯豊の花たちに会うために毎年のように通い続けたが、その度に素晴らしい感動を与えてくれた。岩手の山では見ることのないハクサンコザクラ、オヤマノエンドウ、ヒメサユリなどが咲いており、その美しさに驚いた。岩手山や早池峰山で見られる花でも群落の規模が違い、この花たちに魅せられてせっせと飯豊通いをするようになった。(S62.7)
大白森から岩手山を望む
大白森から岩手山を望む
葛根田川を取り巻く山と川は私の青春の山だった。平成11年5月還暦を記念して駒ヶ岳から
源太岳までスキーで歩いたが、大白森の頂には誰も居なく、どこまでものんびりとした山だった。(H11.5 三浦功氏撮影)









イイデリンドウ
イイデリンドウ
「飯豊の星」と呼ばれ、飯豊の特産種である。日が照れば開き影れば閉じ、この短時間の変化に私たちを驚かせたが、今では飯豊で最も好きな花の一つである。(S62.7)




八幡平の樹氷   滋賀国体少年女子の力走
八幡平の樹氷
西高東低の気圧配置となり、山が荒れ狂う日が続くと丸々と太った樹氷が現れる。毎年のように樹氷を撮影するため八幡平を訪れているが、黄砂の前の樹氷は大きさといい白さといい、最も素晴らしいときである。
(H2.2 三浦功氏撮影)
  滋賀国体少年女子の力走
国体山岳競技は昭和55年の栃木国体から天皇杯得点種目となり、選手・監督が中心になって頑張り、岩手県は男女総合3位に入賞した。滋賀国体でも少年女子は工藤(洋)監督のもとに良く健闘し縦走競技で第4位に入賞し、天皇杯総合で連続上位入賞する原動力となった。
(S55.10 工藤洋司氏撮影)



ページの先頭へ↑
bKRXbRCbRblbgbNb
Copyright(C)2009 WORKSHOP EL. The Internet book-the mountain shoes as it turns.@All rights reserved